優しく抱きしめて 15夜、父親が帰宅すると、母親に美奈の診察の結果を聞いた。「来週、2、3日は、休むんだ。お前は、疲れているんだよ。パパより帰りが遅い毎日だったじゃないか。お前も、研究員なら冷静に現状を分析できるだろう。最適な方法を選択するのが、シンクタンクの研究員だろう?今のお前には、休息が必要なんだ。それが、最適な選択だろう?お前にも分かっているはずだ。とりあえず、会社には、風邪をこじらせていると言っておけばいい。」 「今のプロジェクトの報告書も仕上がっていないのよ。もう少しで、終わるところなのよ。納期も迫っているの。休めるわけないじゃない。」 「でもだ。休むんだ。先は長いんだ。ここで、本当に体を壊してしまったら、この先、好きなことができなくなるかもしれないんだぞ。」 「わかったわ。今、室長に報告書を見てもらっているところだから、家に、送ってもらうわ。疲れた。ねるわ。」 美奈は、自分の部屋に戻った。 『休むわけには行かないのよ。』 そう思う美奈だったが、体は、鉛の重りでも着けているようにだるく、時々、胸に痛みを感じた。 その度に、いい知れない不安を感じた。 駅のベンチで感じだ『死の恐怖』。 ベッドの上に座って、美奈は、両手で自分の体をぎゅっと抱きしめた。 居ても立ってもいられない。涙が溢れる。 「美奈ちゃん、どう?」 心配した母親が、部屋に入って来た。 明かりもつけずにベッドの上に座り涙を流す娘の姿。 「美奈、どうしたの?」 「なんでもない。」 美奈は、さっと、涙を手で拭った。 「なんでもないわけないでしょう?」 「私、何かおかしい。胸が痛くなってきて、急に不安になってきて。ホームのベンチで感じた恐怖が襲ってくるの。忘れたいのに。頭の中に浮かんでくるの。離れないの。」 「そうだわ。今日、もらってきた頓服をのみなさい。そう言う時に飲むように言われたじゃない?」 母親は、薬と水を持ってきた。 頓服を飲んで、しばらくすると、さっきまでの不安が嘘のように消えた。 『何なの?薬で、私の気持ちがどうにでもコントロールできるってことなの?いくら忘れよう、考えないようにしようって思ってもできないのに、この小さな粒の薬1つでをの不安がなくなるなんて。』 「もう寝なさい。休みなさい。」 ずっと付き添っていた母親がそう言うと、美奈は、ベッドに滑り込んだ。 薬のためか、美奈は、直ぐに眠りに落ちていった。 土曜日の朝、美奈は、雨の音で目が覚めた。 時計を見ると、9時近くだった。 ベッドの中で雨の音を聞いていた。 時々、ポタ、ポタと、2階の軒先から1階の屋根に雨だれが落ちる音が心の中に入ってくる。 『もうこんな時間。あっ、そうだ今日は、土曜日だったわ。色々あって、曜日の感覚がおかしくなっちゃった。』 リビングに下りて行くと父親と母親は、コーヒーを飲んでいた。 「おはよう。」 「大丈夫?体調はどう?」 「少し、体がだるいだけかな。」 「そうか。今日、明日は、ゆっくりしているんだな。」 「そうするわ。」 朝食を済ませて、自分の部屋に戻った美奈は、しばらく開けていなかった携帯電話をバックから取りだした。 誠二と涼子から着信が何件もあった。メールも届いていた。 2人とも心配しているという内容だった。 高校時代の友人の麻紀からもメールが来ていた。 麻紀は、薬品会社のマーケティング部で働いていた。 二人は、同じような仕事をしているので、休日には度々あっては、仕事の話から、ファッションの話までおしゃべりをすることが多かった。 二人は、高校時代、吹奏楽部で一緒だった。美奈は、フルート、麻紀はクラリネットを担当していた。 美奈は、3人からのメールを読むと、返信をしないまま携帯を机の上に置いた。 今の自分が何て、返事を書いたらいいのか分からなかったのだ。自分でさえ、今の自分の状況を理解できていない。 ジャンル別一覧
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